2017年2月19日日曜日
主人公はどっち!第三話
第二章 アピール者
「と、いうことなんですよ」
「へぇ。なるほどね」
という話の発端とも言える語らいの先端を持ち越したのは、喫茶マスターのヒズテイト
さんでした。
ちょうど休憩時間にいるわたしは、校舎二階にある、生徒達がよく使用している喫茶店
へとやってきた。
そこで何げない世間話なんかをしているうちに、最近の生徒達の持ち切りの話題につい
て、触れてきたんです。
「で、どのくらいの人が入れたんですか?」
わたしは、その内容の主旨とも言える質問をした。
「そうですね、確か、生徒の半分はもう入れたという噂ですよ。だから、余計に焦ってい
るんじゃないでしょうかね、かれらは」
「ふーん、そうなんですか」
わたしはヒズテイトさんの話に相槌を打ちながら、内心では多少の憤りを感じていまし
た。
生徒会長のキーンさんが、この学園が物語になったという《裏庭の神》のお告げを、集
会で発表し、さらに主人公が誰になるのか、四人の候補者を上げ、誰かひとりに一票を入
れるよう生徒達に伝えた時から、そろそろ一カ月になります。
わたしは、本当はそんなことは反対だった。でも、生徒会長のいうことなので、やむな
く聞いている、といったところで、わたしはいつもその話を聞くたびに、苦痛にも似たも
のを感じていた。
四人のうち、ふたりが、この学園の問題とされているバドウェイル姉弟なのですから、
わたしはどうしても反対したかった。
これから、本当に何が起こるか分かったものじゃありません。
「けどね、かれら、問題になるようなことは、まだ起こしてないようだよ」
そんなわたしの考えを見透かしたような口調で、ヒズテイトさんはグラスを洗いながら
わたしに言った。
「そうですか」
…本当にそうなのかしらね。
疑いこそあったが、実際に何も起きていないらしい。
ただ、あちこちでうるさい演説なんかは聞こえてくるけど。
「ま、ダルさんも少しは大目に見てあげてください。たまにはいいでしょう、こういうの
も」
「まぁ、ねぇ」
ヒズテイトさんは、この学園でも有名な生徒達の話相手といっていい。
だけど、わたしから見れば、甘すぎるところもあるように思える。何より、生徒達のど
んな愚痴や相談にでも応えてくれるところが、わたしには信じられない行為です。
わたしが彼の立場になったら、どうなったことか。
まぁ、そんな立場などはこれから先、死ぬまでないでしょうから気にする必要も、そし
てそのつもりも全くないですけど。
「ところでダルさん、ここも、少し雰囲気変わったでしょ」
ヒズテイトさんが、にこやかに喫茶店内を見渡してそう言った。
わたしもその時まで全然気づかなかったけれど、よくよく見てみると……
「……そうですね、なんか。窓、ですか?」
「そうそう。気づいてくれましたか。天窓の取り付けと、廊下に面した壁に新しく窓、付
けたんですよ。外から中の様子が分かるように、こっちからも外の様子が分かるように、
とね」
「へぇ。よくやりますね」
「ははは、まぁね。私もねぇ、ここだけが生きがいですから」
「そうですか」
ヒズテイさんは常に笑っている。いや、笑っているというか、微笑を浮かべているとい
った、それ自体が彼の表情であるように思える。
そんな彼に好感を得るのはわたしだけではなく、生徒会のほとんどの会員もそうだ。
生徒達が彼を信頼して話をしにくるのも、そのためでしょう。
そんな彼の表情をそのままもらいたいくらいで、わたしは尊敬に近いものを彼に感じて
いた。
「いいですね」
「ええ」
わたしの、彼の表情に対する感想を、窓と間違えて受け取るヒズテイトさんは、なかな
かかわいい。
顔こそ中年の男性ではあるけれど、それでもまだ幼稚さが残っているようで、そこがわ
たしの好みでもあった。
まぁ、異性として好きかというと、そうでもないのですけど。
喫茶店内の様子を眺めて、ちょうどお昼の時間なのでくつろぎに来る生徒たちが結構い
る。そんな彼らを、わたしはあまりいい気分では見れなかったけれど、それでもそれしか
今はすることがなかったので、とりあえずは見ていた。
「ところでダルさん。生徒会長が、今夜あなたに用事があるとかいって捜しておりました
が、お会いになりましたか?」
「え? いえ、会ってませんけど……。なんの用事でしょうか」
そうは思ったものの、内心では大体の検討はついていた。それと同時に、そのことに期
待が膨らんだりもしました。
生徒会長がわたしに用事があるという時は、大抵はお食事のお誘いだ。わたしは生徒会
長と食事をすることは結構あるのだけれど、話の合う生徒会長とはいつも楽しめました。
それ故、今のヒズテイトさんの言葉は、嬉しかった。
「おおかた、いつものあれじゃないですかねぇ」
そんなわたしの考えを、再び見透かしたように彼は呟いた。
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